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野ブタ。をプロデュースを買った人はこんな商品も買っています。
・ 野ブタ。をプロデュース (デザートコミックス)
・ りはめより100倍恐ろしい (角川文庫)
・ 野ブタ。をプロデュース o.s.t オリジナル・サウンドトラック
・ りはめより100倍恐ろしい
・ 平成マシンガンズ

(2008-12-26)
若い人の書いた本だから、多少の警戒?はしてたんですが・・・
実に愉快な話です。
最後の落ちが最初はわからなかったんですけど、結局、今度は自分が野ぶたになった
わけかと納得がいきました。
でも、最近の高校生って、本当にこんな感じなのかなあ。
なんだか少し悲しい。
(2008-07-09)
白岩玄『野ブタ。をプロデュース』は、実によくできた「現代小説」であると同時に、太宰治『人間失格』のモチーフをよく受け継いだ、「普遍的な小説」でもある。いずれにせよ、軽いふうに書かれた本作が、言葉本来の意味で傑作であることに疑いはない。
主人公は、自分の学校という場での自分自身の身の処し方を、距離を以て見つめ、演出する存在としてこの小説に登場する。本書の言い方でいえば、日常的にセルフ・プロデュースをすることで、人気者としての自己を演出し、友だちづきあいもそつなくこなしている。そうした主人公のメンタリティは、端的に次のように描かれる。
《誰が何を考えていようと、社会の中でそれぞれが決められた役割を演じれば、何事もなく一日は過ぎていく。俺たちは生徒として席に着き、おっさんは教師として教壇に立つ。誰がどう見ても授業をしていることが分かれば、世の中は安心し、一日が成り立つ。大事なのは見てクレというヤツだ。》
そんな主人公は、「この距離感、居心地いいんだ。遠すぎたら寂しいし、近すぎたらうっとうしい。適当に笑わしておけば波風立たないし、誰にも嫌われない。むしろ好かれることのほうが多いし、いろいろ得することだってある。」と嘯きながら、転入してきた信太=野ブタ。をも、プロデュースしてみせることを決断する。
《……売れないブタを何とか売れるようにするとか? 無理か。……いや、……いけるんじゃないの? 俺が全部管理して思うように育てていけば。うん。ちょっと人権問題に引っかかりそうだけど。でもブタだし。うん。それに音楽業界とかでもやってんじゃん、プロデュースってやつ。そうだ、プロデュース。それだ。……今現在完全無視の野ブタをみんなが愛する人気者にする。これができりゃ俺の人を騙して動かす力は本物だ。よし、ここはひとつ、挑戦してみるか。》
このプロデュース作戦が、本書のストーリーの骨格をなしていくのだが、心地よいまでに主人公のプロデュースは成功していき、野ブタ。はクラスの人気にものになっていく。それと入れ替わるように、主人公はふとしたほころびから、自身の「演出としての友情」がバレ、ついには人気者の座を追われることはもちろん、学校をも追われる。主人公はめげることなく、転校先での自己プロデュースを目指すところで本作は幕となるが、その軽い幕切れの印象比にして、学校・クラスという場では、一度失敗したら全てを失うことを示唆して、暗鬱な物語である。
暗鬱といえば、本作は、太宰治『人間失格』に実によく似ている。自己演出はもちろん、それがバレた時の心理描写、さらには主人公名の「修二」が太宰治の本名である「修治」に酷似していることは、偶然ではないだろう。自己演出に復讐される自己は、かつては「人間失格」として精神病院に送られもしたのだが、今日、本作の主人公は学校を追われる。思春期の自己形成は、いつの世にも難しい、そのことを軽やかに示してくれる本作は、現在の学校社会ばかりでなく、広く人間関係の困難さを集約しているようにすらみえる。
(2008-06-11)
ドラマと違ってプロデュースされるのは外見がまさに“野ブタ”の男子高校生。
同性をプロデュースするだけに、心理描写が細やかでリアル。
そして、前半のサクセスストーリーのような痛快さの先にあるのは・・・ドラマよりも暗い結末。
処世術(世渡り術)がこれだけ追求されれば、ひとつの“思想”になるのだと見せ付けられた衝撃の一冊でした。
賢く生きなきゃ損(そん)。うまく生きなきゃ損(そん)。
お手ごろ感覚が身についた目先だけの生活で、寿命が尽きるのをただただ待ってるようでやるせない。
どうせなら、自分自信を強力なマインドコントロールで押さえつけるくらいの強さをみせてほしかった。
“人生の鍵”は、ぜったい他人に渡しちゃいけない。
自分しか主人公になれない 自分の人生。
他人のサジ加減で終わってたまるか!
(2008-04-13)
作者はGTOを読んだだろうか?と思った。クラスのいじめられッ子をGTO(教師鬼塚)が「俺がお前をプロデュースしてやるぜ」と言ってアイドルモドキのプロデュースを始め、女生徒は本当の才能を開眼させていく・・・ オリジナリティを欠き複製され増殖した情報に浸かる現代の若き”作家”にとっては、小説等のアイデアはどこにでも転がっているのだろう。この原作自体も陳腐なアイドル的なトレンド・タレントや番組によって転用・消費された。そしてこの作家も、話題や商業価値作りに励む出版界に一度は担がれて、本当の実力が問われていく中で、やがては消えていくだろう。
(2008-02-02)
プロデュースの仕方が自虐的であんまりだわ。自分自身がプロデュースをしている主人公桐谷と野ブタ以外の人間関係が希薄でプライドの底に落ちていくのがさみしかった。ラストも簡単な道を選んでしまったみたいで、情けないかも。るるるるー。話のテンポはよかったけれど。
ドラマはなかなか考えさせられることもあったり、期待以上でした。これから読む人は是非DVDと一緒に観てください。
・ 野ブタ。をプロデュース (デザートコミックス)
・ りはめより100倍恐ろしい (角川文庫)
・ 野ブタ。をプロデュース o.s.t オリジナル・サウンドトラック
・ りはめより100倍恐ろしい
・ 平成マシンガンズ

面白い話を書く人だなあ
(2008-12-26)若い人の書いた本だから、多少の警戒?はしてたんですが・・・
実に愉快な話です。
最後の落ちが最初はわからなかったんですけど、結局、今度は自分が野ぶたになった
わけかと納得がいきました。
でも、最近の高校生って、本当にこんな感じなのかなあ。
なんだか少し悲しい。
いんじゃない?かなり
(2008-07-09)白岩玄『野ブタ。をプロデュース』は、実によくできた「現代小説」であると同時に、太宰治『人間失格』のモチーフをよく受け継いだ、「普遍的な小説」でもある。いずれにせよ、軽いふうに書かれた本作が、言葉本来の意味で傑作であることに疑いはない。
主人公は、自分の学校という場での自分自身の身の処し方を、距離を以て見つめ、演出する存在としてこの小説に登場する。本書の言い方でいえば、日常的にセルフ・プロデュースをすることで、人気者としての自己を演出し、友だちづきあいもそつなくこなしている。そうした主人公のメンタリティは、端的に次のように描かれる。
《誰が何を考えていようと、社会の中でそれぞれが決められた役割を演じれば、何事もなく一日は過ぎていく。俺たちは生徒として席に着き、おっさんは教師として教壇に立つ。誰がどう見ても授業をしていることが分かれば、世の中は安心し、一日が成り立つ。大事なのは見てクレというヤツだ。》
そんな主人公は、「この距離感、居心地いいんだ。遠すぎたら寂しいし、近すぎたらうっとうしい。適当に笑わしておけば波風立たないし、誰にも嫌われない。むしろ好かれることのほうが多いし、いろいろ得することだってある。」と嘯きながら、転入してきた信太=野ブタ。をも、プロデュースしてみせることを決断する。
《……売れないブタを何とか売れるようにするとか? 無理か。……いや、……いけるんじゃないの? 俺が全部管理して思うように育てていけば。うん。ちょっと人権問題に引っかかりそうだけど。でもブタだし。うん。それに音楽業界とかでもやってんじゃん、プロデュースってやつ。そうだ、プロデュース。それだ。……今現在完全無視の野ブタをみんなが愛する人気者にする。これができりゃ俺の人を騙して動かす力は本物だ。よし、ここはひとつ、挑戦してみるか。》
このプロデュース作戦が、本書のストーリーの骨格をなしていくのだが、心地よいまでに主人公のプロデュースは成功していき、野ブタ。はクラスの人気にものになっていく。それと入れ替わるように、主人公はふとしたほころびから、自身の「演出としての友情」がバレ、ついには人気者の座を追われることはもちろん、学校をも追われる。主人公はめげることなく、転校先での自己プロデュースを目指すところで本作は幕となるが、その軽い幕切れの印象比にして、学校・クラスという場では、一度失敗したら全てを失うことを示唆して、暗鬱な物語である。
暗鬱といえば、本作は、太宰治『人間失格』に実によく似ている。自己演出はもちろん、それがバレた時の心理描写、さらには主人公名の「修二」が太宰治の本名である「修治」に酷似していることは、偶然ではないだろう。自己演出に復讐される自己は、かつては「人間失格」として精神病院に送られもしたのだが、今日、本作の主人公は学校を追われる。思春期の自己形成は、いつの世にも難しい、そのことを軽やかに示してくれる本作は、現在の学校社会ばかりでなく、広く人間関係の困難さを集約しているようにすらみえる。
世渡り術のすすめ。
(2008-06-11)ドラマと違ってプロデュースされるのは外見がまさに“野ブタ”の男子高校生。
同性をプロデュースするだけに、心理描写が細やかでリアル。
そして、前半のサクセスストーリーのような痛快さの先にあるのは・・・ドラマよりも暗い結末。
処世術(世渡り術)がこれだけ追求されれば、ひとつの“思想”になるのだと見せ付けられた衝撃の一冊でした。
賢く生きなきゃ損(そん)。うまく生きなきゃ損(そん)。
お手ごろ感覚が身についた目先だけの生活で、寿命が尽きるのをただただ待ってるようでやるせない。
どうせなら、自分自信を強力なマインドコントロールで押さえつけるくらいの強さをみせてほしかった。
“人生の鍵”は、ぜったい他人に渡しちゃいけない。
自分しか主人公になれない 自分の人生。
他人のサジ加減で終わってたまるか!
GTO
(2008-04-13)作者はGTOを読んだだろうか?と思った。クラスのいじめられッ子をGTO(教師鬼塚)が「俺がお前をプロデュースしてやるぜ」と言ってアイドルモドキのプロデュースを始め、女生徒は本当の才能を開眼させていく・・・ オリジナリティを欠き複製され増殖した情報に浸かる現代の若き”作家”にとっては、小説等のアイデアはどこにでも転がっているのだろう。この原作自体も陳腐なアイドル的なトレンド・タレントや番組によって転用・消費された。そしてこの作家も、話題や商業価値作りに励む出版界に一度は担がれて、本当の実力が問われていく中で、やがては消えていくだろう。
プライドバカ
(2008-02-02)プロデュースの仕方が自虐的であんまりだわ。自分自身がプロデュースをしている主人公桐谷と野ブタ以外の人間関係が希薄でプライドの底に落ちていくのがさみしかった。ラストも簡単な道を選んでしまったみたいで、情けないかも。るるるるー。話のテンポはよかったけれど。
ドラマはなかなか考えさせられることもあったり、期待以上でした。これから読む人は是非DVDと一緒に観てください。



